Masuk翌朝5時――「……」 昼間によく寝ていたせいか、早く目が覚めた。 時計を見て二度寝しようかと思ったがやめた。「久しぶりに走るか…」 薄手のTシャツとジャージに着替え外に出る。 外はまだ暗く、肌寒い。「よし、行くか」 軽快に走り出す。 (風が気持ちいい……) 公園―― 手で汗を拭い、ボールを抱えてゴールへ向かう ゴール下に人影が見える。「……先約か」 仕方なく、近くのベンチに座る。 ゴールポストの方向を見ると同年代の女子がボールを投げていた。「あー、もうまた入らない!」「何なのよ!もう!」「また、失敗」 (……何回失敗してんだ?そもそもフォームが悪いんだよなぁ……) 何となく、目を離せずに見ていた。 女の子がこちらに気づく。「ちょっとアナタ!何笑ってんのよ!」「は?笑ってねぇし」 思わずそっぽを向く。「……嘘!下手だって見てたでしょ?」 頬を少し掻きながら「それは、まあ?」「ほら!やっぱり!」 彼女が俺の顔を怪訝そうにじっと見つめてきたかと思うと、なぜか急に顔がみるみると赤くなっていく。「えーーーーー?」「は?」(俺は、何もしていない……よな?) 彼女は両手を口に当てながら後ずさる。「……あ、危ねぇ!」 足元のボールにつまずきそうになった瞬間、手を伸ばす。が、間に合わず、そのまま二人まとめて地面へ倒れ込んだ。「うわっ!」 咄嗟に抱き寄せたせいで、完全に俺が下敷きになる。「っ……!」 背中に鈍い痛み。 数秒遅れて、柔らかい感触と体温に気づく。「……っ!」 近い。というか近すぎる。 目の前に、真っ赤になった顔。長い睫毛。潤んだ瞳、揺れるツインテール。「だ、大丈夫っ?」 女の子が心配そうに見る。(……近いっ) 胸の鼓動を誤魔化すかのように乱暴に答えてしまう。「……いいから、どけって」「……ご、ごめん!びっくりしちゃって……」 顔が真っ赤なまま、うつむいている。 砂を少し払って立ち上がる。「ほら、立てよ」 手を差し出す。 彼女が呆然とこちらを見つめる。(なんだこの既視感……)「……あっ!」 彼女が俺の手を掴んで呟く。「……思い出してくれた……?」 彼女は、ふわっと微笑んだ。公園ベンチ――「……」 笑顔で俺を見る空。(なんか調子狂う)「ね?また、
額に滲んだ汗を手で拭う。まだ心臓がバクバクと鼓動が早いままおさまらない。 呼吸を整えながらぼんやりと天井を見つめる。 胸の奥が妙にざわついている。 コンコン。「紫音ー? もうお昼だけど、起きてる?」 母さんの声が響く。「……起きてる」 掠れた声で返事をする。 ベッドから出ようとした瞬間―― ズキッ 頭に鋭い痛みが走った。「……紫音?」 様子がおかしいと思ったのか、母さんが部屋のドアを開ける。「紫音っ!!」 慌ててかけよってくる母さん。心配そうな顔で俺の額に手をあてた。「……っ!?すごい熱!!」「ちょっと氷枕持ってくるから、そのまま寝てなさい!」 ベッドに横たわりながら、また目を閉じる。 その後―― どれぐらいの時間が経ったのだろうか。 頭の氷枕がひんやりと心地よい。 ゆっくり目を開けると、いつの間にか目の前にじいちゃんが座っている。「……また、夢?」 じいちゃんは俺を見て微笑む。「紫音、珍しいの、風邪か?」 揶揄うような話し方。「……じいちゃん!!」 思わず飛び起きる。何故だかわからないけど、目に涙が滲んだ。「……なんじゃ?泣いとるんか?珍しいの」「泣いてねぇ!!」 手で涙を拭う。「……紫音」「……ん?何?泣いてねぇから!」「ほっほっ……身体がしんどいんじゃろ?」「……まあ」 じいちゃんはそう言って袖から何かを取り出す。「ほれ、これ飲め!」「……何だよ、これ?」 小さな瓶に、丸くて黒い――「……鼻くそ?」 じいちゃんは一瞬よろける。「いいから飲め!ほれ、水じゃ!」 手に取ったそれを見つめる。思いきって、口に放り込んだ。「……ゴクッ」「どうじゃ?」「……ゴホッ、これめちゃくちゃ臭ぇんだけど」 じいちゃんは一瞬考えてから言った。「良薬、鼻に臭しじゃ!」 飲んでた水を一瞬吹きそうになる。「それを言うなら良薬、口に苦しだろ!」「ほっほっ……まあそうとも言うな」「そうとしか言わねぇから!」「あまり興奮すると、身体に触るぞ?」 じいちゃんが俺の頭を優しく撫でる。「……もう、ガキじゃねぇんだから」 思わず悪態をついてしまう。 じいちゃんは俺を見つめながら「お前は、じいちゃんの宝じゃ……」 じいちゃんは触れた手を離し、「ゆっくり休め」 そう言って部屋を出ていっ
慌ただしい1日だった。 ようやく自宅付近に戻れた俺は、いつもの公園で周りに誰もいないことを確認してからrevertと呟いた。「……ヘクシッ」(……さっさと帰ろう) 自宅前―― 時刻は23:00「……ヘクシッ」 鼻をすする。「……母さん、怒ってるよな」(連絡してないし……) 少し肩を少し落としながら、玄関を開ける。「ただいま……」 玄関の電気がパッとつく。「おかえり、紫音。遅かったわね」 母さんの少し心配そうな安心した声。 視線を少し逸らしながら呟く。「……ごめん……連絡出来なくて」 母さんは、俺の顔を見ながらふっと微笑む。「まあ、そういうこともあるでしょ」「……あら?」「……ん?」 母さんが俺の体をじっと見る。「紫音、あなた上着は? 外、寒かったでしょ」「へっ?」(しまった……完全に忘れてた!)「……あ、えーっと……大地に貸した。あいつ、どうしても貸して欲しいって言ってきてさ」「……大地くんが? あなたの上着を?」「……あ、うん、なんか匂い嗅ぎたいらしくて……」(何言ってんだ、俺……) 一瞬の沈黙。 母さんの顔が、見る見る引きつっていく。「あの……大地くんが?」「あ、ああ……」「……3週間は洗濯してない、あの上着を?」「……ま、まあ」(そういや、毎日アレ着てたな……)「意外な趣味ね……大地くん」「まあ、あいつも色々あんだよ」(ごめん大地……しばらく家には呼べねぇ) 母さんが少し呆れ気味に言った。「……もう、とりあえず、アンタ何か汗臭いし、先にお風呂入って来なさい!ご飯温めとくから!」 思わず、自分の服の匂いを嗅ぐ。(たしかに……)母さんがバタバタとダイニングに戻って行く。「……ヘクシッ。風呂、入るか……」 浴室内。 身体をシャワーで、軽く流し、湯船に浸かる。「……はあぁぁぁ……」 気持ち良すぎて、変な声が出る。 湯船の温かさに包まれ、身体の痛みが和らいでいく。「……風呂はいいなぁ」 ふと、無意識に呟く。 湯船から出て、顔を洗う。「……いてっ」 頬の傷がチクッと痛む。 湯気で曇った鏡に自分を映しながら、頬を触る。 昼間の出来事が頭を遮る。甘い佐伯の香り。「……クソッ」(消えろ、雑念……) 頭にシャワーをかけながら、少し乱暴に頭を洗う。 タオルにボデ
慎重に、屋上から下へ下へと降りて行く。ビルの裏側、店舗とは反対側の窓。 外から覗いてみる。事務所っぽい部屋。中の様子を伺うが、人の気配はない。「侵入するなら、ここか?」 窓が開いてるか確かめてみると、やっぱり鍵がかかっている。「……だよな」 窓を軽く叩く。「……普通のガラスっぽいな」 思わず口角が上がる。 スマホを出す。そして、思いきり鍵部分に向けてスマホの角をぶつけた。 パリィィン!! 窓が小さく音を立てた。「げっ!スマホも割れた!」 割れたスマホの画面を見て呟く。「……俺って不憫だよな」 ボソっと呟く。「……今更?」 ログチーが首を傾げる。 少し肩を落としながら、空いた穴から鍵を開け中に潜入した。 ――事務所内。 周りを見渡す。 ソファーに小さい机、本棚、デスク上にパソコン。机の引き出しを開けるが、特に気になるものはない。 パソコンの電源を入れる。パスワードを入れてくださいの表示。「……だよな」 ガタッ 扉側に人の気配。 デスクの下に隠れる。 声がヒソヒソと聞こえる。「……やめて、下さい」(佐伯?) 陰からそっと様子を見る。「……っ!?」 昼間の男……?暗くてよく見えない。「……昼間の件は許してあげるよ」「その代わり……、わかるよね?」 まとわりつくような男の声。 間違いない……奴だ! 椅子を蹴る。男がこちらを見る。 白いマントが窓から吹く風でふわりと揺れる。「……誰だ?お前は?」 月の光で逆光になり、顔は見えない。 俺は、男を見下ろしながら答える。「俺?」 口角を上げながら「――シルバー」「銀の怪盗だ」「……彼女からさっさと離れろ!」 男は驚き、助けを呼ぼうとドア側へ走る。「……逃げられると思うなよ?」 チェーンワイヤーを男に向けて投げる。 ワイヤーが男の身体に巻き付く。佐伯に向かって叫ぶ。「今の内に逃げろ!」 佐伯がビクッと驚いた後、こちらに一瞬視線を向けて、ドアから出て行く。 男が叫ぶ。「……離せ!!」(よし、行ったな) 男を見下ろす。「……離すと思うか?」 低めの声で静かに言う。 チェーンを手繰り寄せ、男を無理やりデスクの椅子へ座らせる。男の首元に、そっと鋭利な何かをあてる。「……ひぃ!」 男が悲壮な声を出す。(……これ、ただ
「……あっ、そろそろ行かないと」 佐伯が少し気まずそうに言う。「……じゃあ駅まで送る」 駅に向かう間、俺たちはほとんど会話をしなかった。 駅前――「……それじゃあ……」 佐伯が軽く手を振る。「……ああ、またな」 手を振り返しながら、それだけ言って別れる。 俺は小さく息を吐いた。「……」 佐伯の姿が見えなくなった時、時計から、待ってましたと言わんばかりにログチーが話しかけてくる。「……シルバー、行くの?」「行くしか、ないだろ……」 スマホを出す。 検索欄に、ガールズバーLUNAと入れた。「……3つ先の駅か」「行くぞ!ログチー」 勢いよく歩き出した瞬間――「……あっ」「あーーーーー!」 周りがこっちを一斉に見る。 ハッと我に返り、慌てて帽子を深く被る。「シルバー、どうしたの?」「……財布」「えっ?」「……財布がない!」 数秒の沈黙。「……リュックの中だ……」「バカじゃん!!」 ログチーはクスクスと笑う。「うっせぇ!!仕方ねーだろ!」 思わず声が大きくなる。 通行人がチラッとこちらを見る。「……っ」 慌ててその場を足早に去る。「……どうすんの?」「……歩く」「3駅だよ!?」「うるせぇ!」 呆れた声でログチーが呟く。「こういう時こそ、シルバーでしょ!」「……っ!?」「今はやめろ!とりあえず人のいないところに……」 駅から出て、再度さっきの公園に向かった。 公園―― 周りに人がいないことを確認し、シルバーへと変わる。「……ヘクシッ」 鼻水が垂れてくる。 ログチーが肩から顔を覗きこみながら「……シルバー顔悪いよ?」 鼻をかみながら返す。「……それを言うなら顔色だろ!」 ゴミ箱にティッシュを捨てる。「……じゃあ、行くとするか」「うぃ!」 地面を蹴って、建物の上に上がる。 銀の怪盗は、身体の痛みを忘れたかのように建物から建物へ軽快に飛び移る。 まるで、夜の闇に溶け込むように。 目的地は――LUNA。◻︎◻︎◻︎ ガールズバーLUNA ―― 雑居ビルの屋上。 ビルはネオンがギラギラ光っている。 高校生が来る場所じゃない。「……さて、どうするか」 白いマントが夜風に揺れる。「……こういう場合は非常口、とか?」「シルバー、危ないけど、窓から行くほう
「……ガキが!舐めてんじゃねーぞ!」 男がいきなり殴りかかってくる。 ヒョイと避けて、男は近くにあった椅子にぶつかる。顔を打ったのか、鼻血が出ている。「……プッ、鈍臭ぇ」 男のみっともない姿に思わず笑う。 男は興奮気味に俺を睨む。「ガキのくせに、俺の麗奈ちゃんを……」「……いい大人がキモいんだって!」 呆れたように返す。「……馬鹿にしやがって!」 男はテーブルに合った花瓶を俺に向かって振り落としてくる。 間一髪で避けるも、顔にガラス片が滲む。「……くっ」(こいつ、やべー奴じゃん)「……ガキが!」 ホテルの人が騒ぎに気づき、周りに人が集まってくる。(これ以上はやばいな…) 男がにじり寄ってきた瞬間―― 俺は持っていたリュックを男の顔に向かって思い切り投げつけた。(今だ!) その隙にホテルから出て、思いっきり走った。◻︎◻︎◻︎「はぁ…はぁ…」 路地裏で息を整える。そっと周りの様子を伺う。(追っては来てないな……) 帽子で顔を隠しながら、路地裏から出て、駅前に向かって歩く。「お巡りさん、こっちです」(ん?)「佐伯?」 佐伯がこちらを見る。「――黒川くんっ!?」 佐伯が慌てて駆け寄ってくる。軽くウェーブのかかった茶髪が揺れている。「……良かった、無事だったんだな」 安心して、力なく笑う。「……黒川くんこそ……あっ!」「……ん?」 佐伯と目が合う。「顔、血出てる!」「……あー、これ?」 指で顔に触れる。ガラスで切った頬が少しヒリっとした。「……いてっ」「……ごめん、ごめんね……」 泣きそうな顔で、俺を見つめてくる。 何だか気まずくて、思わず視線を逸らす。 佐伯はバッグからハンカチを取り出し、俺の頬にそっと触れた。「……ちょ、痛いって」(……近い)「動かないで」 細い指先で持つハンカチから、ひんやりした感触が伝わる。ふわっと甘い匂いがした。「……」 お互い何となく無言になる。さっきまで殴り合い寸前だったのに、今は女の子に顔を拭かれてる。 意味がわからん。 すっかり存在を無視されていた警察官がコホンと咳払いをする。「あー……とりあえず事情だけ聞いても?」「あ、はい!」 佐伯が慌てて離れる。 どこか名残惜しそうに、ハンカチをぎゅっと握りしめていた。◻︎◻︎◻︎







